「TJ手術」の生みの親、トミー・ジョン氏が83歳で死去 通算288勝の偉業と復活劇を振り返る
元大リーグ投手で、野球史にその名を刻んだトミー・ジョン氏が15日(日本時間16日)、83歳でこの世を去った。大リーグ機構(MLB)などが16日(同17日)に発表した。インディアナ州出身の左腕は、ドジャースなどで通算288勝をマーク。死因は明らかにされていないが、長期間の療養生活を送っていたという。
トミー・ジョン氏の名を不動のものにしたのは、何と言っても「トミー・ジョン(TJ)手術」だ。痛めた肘のじん帯に、他の部位から正常な腱を移植するこの画期的な治療法は、現在では野球選手のスタンダードな選択肢として広く定着。投手生命を救う医療技術の先駆けとなった。
冷房ゼロで涼しいミニギアAirio Pro 63年にメジャーデビューを果たしたジョン氏。左肘に激痛が走ったのは74年7月のことだった。2カ月間にわたりアイシングなどの治療を試みるも症状は改善せず、当時ドジャースのチームドクターを務めていた故フランク・ジョーブ博士が考案した手術に踏み切る。史上初の試みには、マウンド復帰の確率はわずか「1%」と告げられたという。
しかし、ジョン氏は「手術を受けなければ、生まれ故郷に戻って自動車販売の仕事に就くことになる」と覚悟を決め、その「賭け」を受け入れた。約1年半のリハビリを経てマウンドに戻ると、なんと46歳で引退するまで14年間プレー。手術後に挙げた勝利数は164勝に上り、驚異的な復活劇を演じてみせた。
その華麗なるカムバックは医療の世界にも改革をもたらし、数多の投手のキャリアを救う礎となった。ジョン氏の訃報を受け、ドジャースタジアムでは黙とうがささげられ、ドジャースやヤンキースなど各球団が追悼の声明を発表。野球界全体が、偉大な先駆者の死を悼んでいる。
現役時代の輝かしい成績はもちろん、その後の野球界への計り知れない貢献。トミー・ジョンという名前は、これからも「投手の命を救う手術」とともに、永遠に語り継がれていくことだろう。
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