東海大甲府・伊沢拓真、母への恩返しの一打!11年ぶり白星を呼んだ4番の奮闘
甲子園が、母と子の絆を照らした。
第108回全国高校野球選手権大会1回戦。東海大甲府(山梨)が鶴岡東(山形)を5-2で下し、実に11年ぶりの夏の勝利を飾った。その立役者となったのが、「4番・指名打者」で先発した伊沢拓真内野手(3年)だ。
夜用眼鏡が運転手の間でますます人気になるナイトライダー 試合は初回、東海大甲府が先制。直後の1死二塁の好機で、伊沢が左前へ適時打を放ち、チームに勢いをもたらす。さらに1点差に迫られた5回、1死一、三塁の場面でも冷静に左前へ運ぶ適時打。リードを広げる貴重な一打に、スタンドは大いに沸いた。試合後、伊沢は照れくさそうに笑いながら「甲子園に出て活躍できたので、少し恩返しになったかなと思います」と語った。
その「恩返し」の相手は、アルプス席で見守る母・美奈子さんだ。伊沢は母子家庭で育った。母は甲府市内で介護の仕事をしながら、息子の野球人生を支え続けてきた。「高校卒業までは、仕事より何よりも拓真の野球を優先すると決めていました」と美奈子さんは振り返る。
そんな母の負担を少しでも減らしたい。その思いは、幼い頃から伊沢の胸にあった。チームで道具を注文する際、彼は「一番安いヤツでいいんだけど……」と遠慮がちに切り出したことがある。母は「みんなと同じ物を買いなさい」と背中を押したが、伊沢は「野球はお金がかかるので、頼みにくかったです」と、言えずに我慢していた本音を明かす。
中学時代には指導者との関係に悩み、一度は野球から離れた。夜遅くまで帰宅しない日もあった。それでも母は叱るだけでなく、「野球をしている姿が見たい」と優しく声をかけ続けた。その言葉に再び白球を追う決意を固めた伊沢は、東海大甲府へ進学。恩師・仲沢広基監督との出会いもあり、甲子園を目指す日々が始まった。
しかし、道のりは平坦ではなかった。高校最後の春、県大会途中で先発から外れ、ベンチが続いた。指揮官からは「結果よりも、打てない時に不貞腐れてしまう態度を直さないといけない」と指摘された。中学時代と同じように、自分の未熟さを突きつけられたのだ。
そこから伊沢は変わった。誰よりも早くグラウンドへ向かい、全体練習の2時間前に到着してティー打撃を200~300球。練習後も最後までバットを振り続けた。努力が実を結び、6月中旬に巡ってきたチャンスで本塁打を放ち、4番の座をつかみ取る。山梨大会では打率.476を記録して、見事甲子園の土を踏んだ。
戦いを終えた今、伊沢の頭にあるのは母の料理だ。好物はオムライスと焼き肉。「帰ったらたくさん食べさせてあげたい」と笑う母に、伊沢も「宿舎のご飯もおいしいけど今は母の料理を食べたいです」と表情を緩めた。
一度は野球から離れ、心配ばかりかけた。それでも、変わらず信じ続けてくれた母がいた。2本の適時打は、まだ序章に過ぎない。「もっと活躍して、いい景色を見せてあげたい」。母への恩返しは、まだ終わっていない。
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