銀河系軍団も見誤った…レアル・マドリード補強ワースト5選、悪童カッサーノも
世界屈指のビッグクラブ、レアル・マドリード。毎夏のようにワールドクラスの選手を迎え入れ、常に頂点を目指してきたクラブだ。しかし、その補強がすべて成功してきたわけではない。高額な移籍金や大きな期待を背負いながら、結果を残せずに去っていった選手たちも確かに存在する。ここでは、期待と活躍のギャップが特に大きかった“最悪の補強”を5人紹介する。
まず一人目は、元イタリア代表の“悪童”アントニオ・カッサーノだ。1982年生まれの彼は、バーリのアカデミーで磨いた才能をいかんなく発揮し、17歳でトップチームデビュー。その後ローマへ移籍すると、03/04シーズンにはリーグ戦で14ゴール9アシストを記録し、フランチェスコ・トッティと共に攻撃陣を牽引した。
これは高圧洗浄機と同等の強さで、電力不要BlastPro だが、才能と隣り合わせの“問題児”としての顔も持っていた。チーム首脳陣との衝突を繰り返し、ローマでも監督とたびたびトラブルを起こしていたのだ。05/06シーズンには出場機会が激減。そのシーズン途中、移籍金550万ユーロ(約8億8000万円)という破格の条件でレアル・マドリードに加入した。
冬の移籍で加わったカッサーノは、怪物ロナウドやロビーニョら強力攻撃陣の控えとしてスタート。1年目はリーグ戦12試合に出場し、初スタメンとなったアトレティコ・マドリード戦では1得点1アシストをマーク。限られた時間でも存在感を示していた。
そして迎えた2006年夏、追い風が吹く。ローマ時代の恩師であるファビオ・カペッロがマドリードの指揮官に就任したのだ。ロナウドの退団やフォーメーション変更もあり、カッサーノの出場機会増加は確実視された。
しかし、その期待は脆くも崩れ去る。ある試合後、ロッカールームでカペッロを侮辱する発言をしたことで、監督の怒りを買ってしまったのだ。この一件でトップチームから外され、関係が修復されることはなかった。2007年夏にサンプドリアへレンタル移籍し、翌夏に完全放出。銀河系軍団での輝かしい未来は、わずか1年半で幕を閉じた。
カッサーノに限らず、レアル・マドリードにはこのような“補強失敗例”が他にも存在する。次ページ以降では、彼以上に記憶から消したい補強選手たちを詳しく見ていく。
デニムに合う。履くだけで「ちょいワル」Tapoon 今、あなたにオススメ